「傷つかない強さ」と「 傷つけない強さ(優しさ)」– 屍鬼

表現とは、地雷である。 (404 Blog Not Found)

「傷つかない強さ」と「 傷つけない強さ(優しさ)」のどちらも必要だということだと思います。自分自身が傷つかなかったり傷ついてもそれに耐えうる力を持っているからといって、傷つきなさいと他人に押し付けることはできません。また逆に、他人を傷つけない強さ(優しさ)を持っているからといって、他人に人を傷つけないように強要することもできません。できることは、傷つくことを恐れないでと教えてあげることと、人を傷つけないようにしましょうとお願いすることです。こういうことを勘違いすると、相手に真意が伝わりにくいですね。

「表現とは、地雷である。」とか「表現の自由って絶対不可侵でもなんでもないのよ。たとえば他人を傷つける表現の自由はない。」とかいっている人たちは、表現者には違いないんだろうけど芸術肌系の表現者でないと私は思います。

一番確かなのは、わかったような気がしてるときは、なにもわかってないことが多いということです。

昨年は、屍鬼というアニメを見てました。このアニメ、中盤あたりから表現が過激過ぎるようなという場面が出はじめます。それが最終回になることには・・・。漫画(コミック)のアニメ化というのは知っていて、漫画のほうは読んだこともありませんでした。それではじめは、こんな過激なのは最近のはやりかなとかいろいろ考えていたのですが、実は小説の原作があるのを後から知りました。それもかなり前の作品であったのに驚きました。小説のほうがもっと過激なようです。

以下、ネタばれになります。この人の感想があらすじも抑えながら、原作との比較や感想などがあって非常に参考になりました。これを読むだけで、あらすじを抑えれますし、おさらいにもなります。
屍鬼 第遺血話(第1話)【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第2話(第腐堕話)【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第3話『第惨話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第4話『第死話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第5話『第偽話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第6話『第髏話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第7話『第弑魑話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第8話『第夜話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第9話『第柩話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第10話『第悼話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第11話「第悼と悲屠話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第12話「第悼と腐汰話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第13話『第悼と惨話』【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第14話「第悼と死話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第15話「第悼と偽話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第16話「第悼と髏苦話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第17話「第悼と弑魑話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第18話「第悼と夜話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第19話「第悼と柩話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第20話「第腐汰悼話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第21話「第腐汰悼と悲屠話」【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】
屍鬼 第22話「蔡蒐話」(最終回))【心のおもむくままに-光と闇の交錯地-】


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