岩崎夏海さんの本やマンガへの考え方に思うこと【大衆文化はB級グルメ】

本は、購入した人の所有物ではありません。そもそも、太陽とか土とか水でできた紙を使ってできた本を、数百円払ったくらいで「所有」しているという考え方がおこがましい。

当たり前ですが、本でも何でも、一個人の完全な所有物となるものなんて、この世にはありません。「物」は、言うならばこの世界そのものの「所有物」であり、人間にとってはむしろ「借り物」という方が近いです。今認められているいわゆる「所有権」とは、その「借り物」の処遇について、他の者よりも比較的多く決められる権利――くらいの意味しかないのです。
佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について - ハックルベリーに会いに行く

読者は、その本を書いた著者の所有物ではありません。そもそも、一人の作家が血反吐をはいて命をすり減らして書いたものでさえ、人類の長い歴史でみれば些細なことに過ぎないのです。まして、人類の今迄の貴重な文化遺産から派生したオリジナルの著作物を、自分一人の力で生み出したという考えかたができるはずがありません。

あたりまえですが、著作物において完全なオリジナルというものはこの世の中にはありません。著作物というのは、いうなれば人類の文化遺産の切抜きや派生であるというぐらいの存在なのです。

近代になって認められている著作権というものは、その切抜きや派生物の処遇について、ほかに貢献してきた人たちよりも、比較的多くの貢献料?をもらえる権利くらいのものなんです。

岩崎 夏海 さんは才能にもあふれまた人格にも優れているゆえに、凡人の愚かさなどが良くわかっていないのだと思います。そういうことをよくわかっていない人向けに素晴らしい本があります。それは聖書です。聖書にもいろんな版があるみたいなので、原書?で読むのが一番なのでしょうが英訳されたものでも問題はないでしょう。僕はそう思うだけで、本当のところはどうだかわかりません。本来のものと何かが違うのは違うのですからね。

私は、自分自身が生み出したからといって、自分自身の所有物なんていうのはおこがましいことだと思うし、まして誰かに何かを指南するなんて、本当におこがましいと思うけど、それは一つの価値観にしか過ぎないということだと思います。

お前は何を生み出したんだというかもしれませんが、商業ベースに乗るものだけが作品ではありませんし、そもそも生きているだけでも人類の文化というものに貢献しているわけです。

だけど、作品は残ります。作者が死んだ後も、読み継がれる可能性がある。
だとしたら、そこにまで責任を持つのが作者のあるべき姿ではないでしょうか。
佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について - ハックルベリーに会いに行く

こういう考え方の作家さんは、きっと国語教育や情操教育が大事だと考えてそういう方面に稼いだ金を寄付してたりするんでしょうね。読み方が悪いとか言っても、その素地がなければ読むことさえもできませんから。

私にできることは、「小説の読み方の教科書|岩崎夏海」や「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら|岩崎 夏海 」の岩崎夏海さんの著作物を買うことぐらいです。ただ、僕にはそういうのを読む素地がないので、買うこと自体、失礼に当たらないかどうか心配です。無料で個人指導してもらえるのなら大変うれしいですが、いくら作家の責任といってもそこまで責任もってはもらえないでしょうね。

大衆文化って、僕から見たらB級グルメと同じだと思ってるんだけど、きっとそうじゃないんでしょうね。あと、何にでも汎用的に適用できる真理って実際問題あまり役に立たないし、問題解決にもならない事のほうが多いと思う。


問題点は違うところ

参考:自炊代行について--佐藤秀峰 日記 | 漫画 on Web

大義名分を作りたいために、問題点と関係ない話をからめだすからダメだというか、偽善っぽいずるさを大衆に与えやすいと思います。音楽とかは歌詞の引用さえも事実上できない感じなので、権利を守られすぎだと思います。大義名分を作りたいのなら、そういうのも含めて幅広い意見を言えないと支持は得られにくいでしょう。

自分たちの都合のいいことだけ主張して、どうして大衆の支持を得られると思っているのか、それともそんなものは必要ないと考えてるのか?ちょっと僕には理解しがたいことが多いです。

【ブログ内で関連ある記事】

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。