現状容認派、現状維持派への対応について

現状容認派、現状維持派

何かの問題提起をしている場合、何かの問題が起こったことに対して書いている場合において、「現状容認派」や「現状維持派」の一部の人は相手にしても仕方がないかもしれない。

現状維持、容認というのは、結構簡単に論理展開が可能です。それは現状がそれほど悪いものではないということが多いのと、現状は過去の悪いことが改善された結果だという2点があるからです。

でも、普通に考えればわかるんだけど、何か問題が起こっているのに、結果としてその問題は問題ではないと発言している人と何か建設的なものが生じることはあまりないでしょう。

現状にそれほど不満なくまた起こった問題が自分たちにとってたいした問題でない場合、またその問題を解決するのに何かが制限されたりする危険性がある場合は、現状維持・容認になりやすいという傾向から考えても・・・。

こういう場合、結論ありきで論理展開を考えて、でも発言するときは論理展開してから、やっぱり結果はこうあるべきという書き方をされた場合、厳しいものがあると思います。

現状容認派、現状維持派を切り捨てろと話ではなくて、問題意識が少しでも共有された状態でないと不毛かもという話です。

問題意識の低さ

セクハラとかパワハラ、いじめ、体罰などのここ10年程度?の議論を見ればわかるかもしれないが、問題意識が低い人との議論は不毛です。

今では「問題意識が低い」と一言で片づけられますが、その当時はそうではなかったわけです。いわゆる現状容認派、現状維持派の人たちが、論理的にいろいろ言っていたわけですよ。

どちらかというと問題の本質を分かっていなかったと私は思います。

観測範囲の問題とか・・

視野が狭いとかいう意味だと思いますが、そのことを持ち出して、実際に起こっている問題に関しては何も論じずに、問題提起自体に問題があるという感じで切り捨てようとする態度ですね。

でも、観測範囲が広くてもその集合に偏りがあればそれはそれで視野が狭いものであろうし、観測範囲が狭くても、一部で起こることはほかでも起こる可能性があるとか、サンプリング調査のようなものだと考えれば、範囲が狭いことに問題がないことがあります。

現状容認派、現状維持派の人ほど、観測範囲の問題だと言い出す気がしてついでに書いておきます。

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