「死者を敬うこと」は大事かもしれないが・・

生きてる人間のほうが大事だと思う

「死者を敬うこと」は大事なことかもしれないが、今生きている人間のほうが大事なのは間違いないことだと僕は思います。

違った観点で言えば、生きている時に大事にしてあげるべきであるともいえます。
でも多くの人は、生きている時は大事にできないことが多いし、また世の中の常だったりします。

悪質?な場合は、生きてる時は看病をたらいまわしにしたり拒否したりしていたのに、死んだら急に感謝とか先祖を大事にとか言い出す人だっています。おまけに、「墓石」にに数百万円とかかけて、周りの人から、お寺のお坊さんから素晴らしいといわれてる人だっています。


感謝は他人に強要すべきものでない

僕のうがった心で物事をみると、「感謝」とかいう言葉って何かに利用されやすいなと思います。感謝することが主体なのに、いつの間にか都合の良いように行動させるために利用していることが多いと思います。

たとえば、先祖を大事にという話であっても、いつも間にか昔の家制度のような感じで利用されがちなんですね。

墓参りにもいかないで、旅行に行くなんてとかそいういう具合に、反論しにくいのをいいことに相手の行動を都合よく?変更させようとするわけです。


本当に大事なものは何か?ってことを見失わないで

価値観が多様化し、また世の中も複雑化していて、もう単純に正しいとか間違ってるとか言えない状況ですし、また、「正しさ」で問題を解決できたり、人が幸せになれたりできない時代でもあると思います。

墓参りとか看病とか、個人のこじんまりとした話でしたが、これがもっと大きな話になっても同じだと僕は思います。

「本当に大事なものは何か?ってことを見失わない」でください。
本当に大事なものというのは、結局は個人の価値観に依存することになろうかと思います。この世で普遍的で万人に適用できるような価値観は今のところありません。

人は、歴史からいろいろなことを学べます。しかし、歴史は愚かなことを繰り返すということも証明しています。


国と個人とはどちらが大事か?

僕は個人だと信じています。
それが正しいとは断言できませんが、理想というのは正しいとか間違ってるとかと違う次元にあるものだと思います。

会社と個人(従業員)はどっちが大事かというと、今の世の中の流れでは「会社」という人が多そうな気がします。

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