若者が嫌いな「ダメなおじさん」も、そんなに悪くはないよ

この眼前の、絶望的な40年の差 - やしお
「この眼前の、絶望的な40年の差」への補足 - やしお
※本記事の引用は、上記の記事です。

若いころは、あんな「ダメなおじさん」にはなりたくないなと思いつつ、その「ダメおじさん」になった僕が思うには、ダメおじさんもそんなに悪いことではないなということですよ。

人生の評価基準や価値観をどこに置くかによるだろうし、また当人の能力や適性にもよるかと思うんですね。

若いころは、頑張れば、コツコツ頑張れば、世界は広く開かれていくはずというそういう確信があるからこそ、そういう「ダメおじさん」にはなりたくないなと思いがちなんだと思います。

また多くの人は、馬鹿は頑張っても馬鹿か普通程度にしかなりえないという厳しい現実は目に見えないのと、自分自身はそんなに馬鹿ではないという自負があるからでしょう。

その都度、検索して問題解決して悪いの?

とりあえずダメなおじさんの方ね。新人だったぼくが何か聞くとするでしょ。例えば何か作業のやり方について。すると、こうすればいいと答えてくれる。それでぼくは「どうしてこうするんですか」と聞くと、もう答えられないんだ。実に浅い答えがかえってくる。だってそんなことを知る必要があるだなんて、おじさんはまるで思っていないんだからしょうがないよね。

そしてしばらくすると、新人のぼくにその作業のことを聞いてきたりするんだ! あなたが教えてくれたことを、どうしてぼくに聞くんだ! そんなことを新人に聞くなんて恥ずかしくないのか!

でも恥ずかしくないんだね。おじさんはそうやって40年を過ごしてきたんだから。同じことを、何度でも、誰かにきいてその場が済めば、それでいいんだ。そうしておじさんはずっと同じ位置に漂い続ける。
http://d.hatena.ne.jp/Yashio/20121116/1353088610

・誰かに聞けばすぐわかるようなことを、逆に記憶しておく必要さえない
・誰にでも聞ける態度は、逆に素晴らしい
・バカにされても、穏やかな心で接する余裕さはすばらしい
・作業に理由を考えろというのは、体よく人を使うためのうたい文句


優秀だと思っているおじさんが、実はダメかもしれない

実際のところうちは、植物学者なり地質学者なり(たとえだけど)の知識は必須じゃない職場なんだ。よその部署にはちゃんとその道のプロがいて、そのたびにぼくらはプロに聞けば済んでしまう。ただ情報を集めて体裁よく組み立てれば一応OKなの。何かを丸投げすることだってできる。いつまでも「それはお宅の仕事!」の押し付け精神でも仕事は回る。そういう職場。

それに、だってさー。かっこいいんだよ! 他の、それぞれの専門の部署の人がそのおじさんにわざわざ聞きにくるんだよ。そんなときアドバイスさえできるなんて、かっこいいじゃん。

職場(社内)では、たんなる便利屋さんに使われている傾向があるが、そういうおじさんをみると、給料の高い人(専門の部署)の人に便利に使われて、その対価を受け取っていない可能性があるなと、そのダメさ加減にかわいそうに、僕はなります。

実際にはこのケースはわかりませんが、優秀なんだけど便利に使われる人たちは、別の意味でダメじゃないかなと僕自身は思います。

こういう風に価値観を変えれば、ダメさは変化してしまうんですね。


実は、どこの職場でも見かけがち

それにしても、そんな二人が同時に存在している状況がどんな職場でも見られるわけじゃないんだろう。

意外と、存在している。
特に大手企業とかは、最初のころはそんなに差がなくても、40年で差がつくのはほとんどだから。

管理職になり損ねた優秀な人と、そもそも管理職にもなりえない普通の人
昔は出向とか子会社にとかで管理職になれたようですが、現在においてはそういう風習?も微妙な感じ。


駅前留学と海外旅行三昧

駅前留学して、海外旅行三昧してる人が中にはいるかと思うが、どちらかというと一方だけの場合が多いと思う。

・駅前留学して、ひたすら英語(TOEIC?)の高得点を狙う
・休みを取っては、周りの反感を買いながらも海外旅行に行く

で、40年後にどうなるかですな。
自己啓発に励む人と、仕事以外のことを楽しむ人たちの差です。

日本人って、「アリとキリギリス」では、「アリ」が大好きなんでしょう。


結局、負け犬の遠吠えですか?

そうかもしれません。

しかし負け続けないとわからないことも、負け続けることで見える世界もあるかと思います。

若いころは、何かとの比較、誰かとの比較という、相対的な基準を物差しとしてしか価値観を形成できない傾向が強いと思います。比較することはわかりやすいからというのも1つあるでしょう。

これは、アイデンティティ形成と似たようなものかもしれません。

僕から言えることは

不安にあおられて、何かを頑張るのは良くないと思う。
本質を見失いやすいし、強迫観念で生きるのは楽しくない。


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