こういう時は人の気持ちに寄り添うちゅうのは難しいこっちゃ

[第68回]
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■正蔵 : 人の役に立っとるちゅうことで、自分が救われとるんやなあ。まあしかし、こういう時は人の気持ちに寄り添うちゅうのは難しいこっちゃ。気を遣うたつもりが却って的外れんなったりしてな。「私は私で救われに行っとって、それが誰かの役に立っとるんやったら、おっ、結構な話やないかー」、このぐらいの気持ちでおったらええんや。
■め以子 : けど・・・
■正蔵 : あのな、表に出なんだらそれで済む話やないかいな。
■め以子 : あ・・・

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第12週 「ごちそうさんまでの日々」② : 泣いて笑って「朝ドラ道」


[第69回]
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■源太 : 地震、昼やったろ。昼ごはんの煮炊きの火がもとで、ご家族亡くなりはったらしいんや。ほんで、自分だけ生き残ってもうたんちゃうかってのが、みんなの話すり合わせて出てきたとこでな。どこまで思い詰めてるんかわからんけど、メシ食わへんのは自分を責めてるんちゃうかって。
■め以子 : あ、じゃあ、火の通ってないものだったら食べてもらえるかな。お刺身とか。
■源太 : んー、こういうことって、理屈やない気がするんや。もっとこう、体の奥から「食いたいー!」ってなるような、そういうもん。
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第12週 「ごちそうさんまでの日々」③ : 泣いて笑って「朝ドラ道」


「こういう時は人の気持ちに寄り添うちゅうのは難しいこっちゃ」というのは、本当にそう思うんですね。それが同じ体験をしたとか、同じ境遇だったとしても、それだけでは、難しいことのほうが多い気がします。

あと、「理屈」じゃないという部分も大きいと思います。論理や理屈で考える人は、どうも、人の気持ちに寄り添えない気がします。

まあ、「人の気持ちに寄り添う」のは難しいということを知ってるだけでも、何かの「救い」になるのではないかと僕は思う。

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