真面目にならないのが、ネット批判に付き合うベターな方法!?【批判に対するコスト】

頭のおかしい人と決めつけてもよい?

殆どの場合、世の中にはいろんな人や色々な考えがあるという根底が無視される。
自分の意見を真っ向から完全否定する人を、拒絶したいという心理が必ず働くのは人間として逃れられない傾向にある。だから、ほとんどの人は、誹謗中傷をやはり「悪」「頭のおかしい人」と決めつけてしまう。
批判する行為を批判することの労力|ジャッジを恐れずに表現し続けることの楽しさ*ホームページを作る人のネタ帳

誹謗中傷や反論の程度にもよるとは思いますが、「悪」はともかく「頭のおかしい人」だと思えるのならそれはそれでよいのではないか?と思います。しかし「頭のおかしな人」だと思った後に、徹底的にそういう面をついて叩き潰すとかいう行動にでるのなら、そう思わないほうが良いでしょう。

逆にそう思うことで、精神的に楽になりスルーできるのなら良いのはないか?ということです。多くのことは時間が流れるとその心の衝撃は和らいできますし、冷静にもなってきます。ネットで一般的に言われている「スルー」が最良の方法とは思わないけど、ベターな方法であるのは間違いないと思います。

もちろん例外はあるわけで、1つのルールを決めたらそれを忠実に守ろうとすると途端にうまくいかなくなる可能性があります。

世の中にはいろんな人がいるのも確かだし、価値観も多様ですし表現方法も多彩にあります。そういうことは真実なんだけど、真面目な人ほどそういうものに縛られがちで、かえってうまくいかないことも多いのではないか?と思います。

逆に、罵倒芸?や中傷すれすれみたいなことをやっている人を見てみてください。そんなに孤立してますか?そんなに誰からも相手されなくなってますか?

もちろん多様な価値観があるとか、人には好き好きがあるとかそういう面もあるでしょうが、僕から見ると「真面目でない」からこそ、それなりにうまくやっていけてるのではないか?と思います。あなたが逆の立場で、そのような人たちと同じような行動をとって、周りと表面だけでもうまくやれますか?

相手するとコストがかかるから放置されている可能性もありますが、それだけでは説明つかない人たちもいることからそれだけではないと思います。

ここで、「頭のおかしい」と決めつけるのは人間としてどうか?とかそういうことを悩みだす人は苦労します。確かに、そんな決めつけはよくないのにきまってます。


それでも、大事なものは大事なんです

思想や理想は、それでもやはり大事なんです。
ただ、一般論的な抽象論でのやり取りはあまり意味を持つことが少ないと思います。

たとえば、「正しいことの反対は正しいかもしれない」とかもそうなんだけど、これは心の持ち方や考え方であって、これから何かを主張することはあまりできないわけです。

「あの人は反対してるけど、その反対意見もまた正しいかもしれない」という心の持ち方や考え方は素晴らしいけど、それを利用してそれ以上のことを主張しだすと途端にわけがわからない状態に巻き込まれます。

現実問題の1つ1つの事例に対応するのは、心の持ち方や考え方も大事だけど、それとは別の状況に応じた対応というものも必要です。それには、少しぐらい間違っていても自分自身を信じ行動できる意志の力が必要です。


陰口なら良いのか

こういうのも論理のすり替えに近いものなんです。陰口が良くないのは当たり前だというのを利用した心理的な議論方法の一つなんです。よくないけど、陰口のほうがマシでしょうとか、面と向かっていうよりかはマシな場合も多いでしょうとかそういうことを一切受け付けないわけですね。

まじめすぎると、そういうことが良くわからなくなると思います。おまけに文章ベースであったり、弁が立たないとかそういう状況だと、なんかおかしいんだけどという感覚があるんだけど、勢いに押されてしまうとか・・・。


真理にも前提条件がある

批判するにしても、柔らかめに前向きな表現にするほうが多くの人に受け入れられやすい傾向にあると思います。反論するとしても、そういう心理的な効果を無意識に使える人は強いだろうし、また意識的に使う人もそれなりに強いと思います。

理路整然と論理的矛盾がない反論も確かに強い一面があるのですが、熱が冷めたり時がたって読みなおされたときにその力はあまりないことも多いです。ただ、そういう反論にうろたえた反応をしてしまうと、その部分が目立ってしまうわけですね。これは人に受け入れられるとかでなくて、勝敗はこっちかなという程度です。

また、心地よい言葉を言ってくれる人より、厳しいことを言ってくれる人を大事にすべきという真理?もありますが、それを勘違いして、俺は、僕はその人のことを思って厳しくいってやってるんだという人の言葉はたいていはゴミです。ただ、厳しいことを言えばよいわけではないのは、明らかなんですよ。一言でいうと、思いやりがない。あっても独りよがりの思いやりの可能性が高い。

厳しいことを言われても、ちょっと冷静になって考えましょうという受け止め方ならその真理は正しいわけです。真理といっても、ある特定条件下において真理なわけですので、その点を見失うと苦労します。

こういう真理は人格とか倫理面とかに関係あるので、巧妙に利用して意見を組み立てる人たちもいます。多くは無意識にやってるんだと思います。でも、テクニックさえ分かってしまえば、冷静にさえなれば対応できるようになると思います。

【ブログ内で関連ある記事】

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。