困っている人を助けることの意味を考える

  • 投稿 : 2012-05-23
  • 更新 : 2016-03-19

本記事は広告およびアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

考えるきっかけ

Study giftは詐欺にあたるかもしれない-はてな匿名ダイアリー
「ただ困っている子を助けたかった」ー #Studygift は何が問題だったのか | Startup Dating [スタートアップ・デイティング]
404 Blog Not Found:news - #studygift に一番抜けているもの

本当に困っている人

・自業自得気味 (同情の要素が低い)
・正直さに欠ける (本当のことをいうと助けてもらえないかも)

多くの人は、勤勉でまじめで頑張り屋で、できれば、見た目がよい(かわいい?)人なら助けたいなとか支援したいなと思う傾向があるわけですね。

反対に、努力しないとかそういう自業自得の人を助けたいとは思わないわけです。また、正直さに欠ける人を助けたいとも思いませんし、嘘をついていた場合、裏切られていたと思いがちです。

しかしよく考えてください。あなたが助けたいと思うような理想像の人は、本当に困るような状況に陥りがたいですし、また困ったとしても自らの力で何とかできる場合が多く、他人の助けはあまりいらないわけです。

たしかにそういう理想像の人でも困ってる人は数少ないですがいるでしょうが、多くの困ってる人たちはそうじゃないということです。

困ってる人を助けるというのは、どうしょうもない人間を援助することだとおもって間違いないです。


奨学金-日本学生支援機構

日本学生支援機構の奨学金は、ある意味非常に甘い傾向にあります。なんとか卒業できる単位を取り続けている限り、打ち切られることは、ほぼありません。奨学金なのにおかしいとか思う人もいるでしょうが、これは困った人を助けるためには、ある意味甘くないとダメだからです。

勉強ができて、世の中のためになると思われるような理想的な人だけに奨学金を与えるような制度になっていないということですね。勉強もあまりせず、バイトをしてるけど、ほとんどを遊びに使っているとかでも支援してくれるわけです。

※日本学生支援機構の奨学金は返済の義務があります。貰えません、貸してくれるだけです。


Study giftについて

全額援助でなくて、25%はアルバイトなりで働いて貰うということでバランスを取ろうとしたのだと私は思いました。ただ、日本学生支援機構の奨学金とちがって返済する必要がないんですね。

だから、一旦批判される要素がでてくるとなかなか回避するのは難しいと思います。
いわゆる、もらったもん勝ちな発想になってしまうんですね。世の中の多くの人は、そういうのが嫌いですし、また妬みや嫉妬に近い気持ちを抱きがちです。


良識のある?大人に利用されてるのかも

このような話題で一部では盛り上がってるとは、日本は相変わらず平和だな思うのですが、それはさておき、こうしてブログ記事とかでネタにされて利用され続けるわけですね。

大学卒業ぐらいの年齢なら、もう大人じゃないか?と言う人もいるかもしれませんが、やはり社会での経験が少ないため大人だけど、限りなく子供に近いんじゃないかなと思います。

そういう大人もどきの子供を良識のある?大人が接したりする時はもっと気をつけてあげるべきかなと思います。責任や批判を一手に受けかねないというのも、ある意味厳しい感じします。


僕は援助したいと思わない

困ってるようにはあまり見えないからと思うから。
あと、お金があっても大学を卒業できないかもしれない可能性もあるので時間と金の無駄遣いかなと思わなくもないので。

本当の意味で援助するということは、大学を卒業できないという結果が出たとしても、そのことで激怒しないということだと思う。

困った人を助けると言うことは、ドブにお金を捨てるということです。でも、その行為は無駄ではないと力強く言えることです。


困った人を助けること

困った人を助けるというのは、意外と難しいということを忘れがちなのかも。お金や環境を与えたとしてもダメなときの方が多いという現実をもっと知るべきなのかもしれません。

困った人を助けるときに、もっと困ってる人がいるだとかそういう比較はあまり意味がなく、またこっちの困った人を助ける方が世の中にとってよいとかもあまり意味はありません。

最後に

事実関係を調べてませんし、またこの件について数個記事を読んだだけでこの記事を書きました。
今回の個別の話に関係なく、本当に困った人を助けるというのはどういうことなのか?ということを考えてほしくて書きました。
スポンサーリンク