・選挙に行っても、メリットなんてないよ
・選挙に行っても、行かなくても一緒
こういうことをいうと、頭ごなしに批判する大人たちがいるんですが、そういう不誠実な大人の言うことは話半分に聞くべきです。
選挙に行かないというのも一つの意思表示であるのは間違いありません。投票率という結果として現れますからね。
また選挙に行かないということは、保守(現)・組織票の政治家・政党に投票するのとほぼ同じことですので、間接的に投票しているのと結果は同じになるわけです。
つまりですね、選挙にいかなくても、意思表示してるわけです。
選挙で考えると分かりにくいですが、会議とかでの議論とかの場合で、黙って発言しない人たちっているわけですが、そういう人たちと似たようなものなんです。黙っている限り、現状に賛同しているというわけです。
選挙にいって、白紙投票することでも、意思表示できるという論理
この論理が正しいのなら、選挙に行かないことでも、意思表示できます。しかし、白紙投票も、選挙に行かないという行為も、直接、政党や政治家に投票しているわけではありませんので、その意思はいつ反映されるか?といえば、当選した政治家たちが「その意思」をくみ取ろうとしたときに、初めて反映されるといえましょう。
・投票した政党・政治家が、当選した場合 =>意思が反映される
・投票した政党・政治家が、落選した場合 =>意思は反映されない
・白紙投票 =>意思は反映されない
・選挙に行かない =>意思は反映されない
場合分けすれば実際には上記のようになります。本当の意味で意思が反映されるのは、本当に限定されてしまうんですね。
投票したい政治家や政党がないとかいって嘆いても、自然にわいてくるわけありません。
若者が選挙にいけば、世の中が変わる?!
若者が選挙に行かないから、若者むけの政策が実行されないとかは本当はありえないんですね。だって、若者が選挙に行かないのに、18歳から選挙権が与えられるようになりました。これって、若者が頑張ったからですかね?
また、若者の親は、何歳でしょうか?親は、子供にとっても良い社会であることを望むわけですから、若者向けの政策ができないわけないんですね。
若者は気を付けないといけないのは、巧妙な大人に騙されないことです。
・若者は社会を知らないので、判断力にかけるので間違った選択をする
・若者の賛同者は多いのに、老害がいるためにダメになった
思いどおりの結果にならないと、大抵は上記を状況に応じて使い分けるわけです。
また若者という世代も使い分けるんですね。
若者と言いながら現役世代の一部が入ってるときもあり、入っていない時もありみたいな感じで・・。
あと、若者が選挙に言っても、年金なんて払いたくないとかは絶対に通らないと思います。だって、現役世代の多くがそれに反対するからですよ。
選挙にいく満足感について
たしかに、選挙に行って投票すると、自己満足を得られやすく、また選挙に行かない人を、意識の低い人だと見下げることで自尊心を満たされるというのはあるとは思います。でも、投票した政党・政治家が当選しないのなら、選挙に行くだけ無駄だというのも事実なわけです。
それでも、選挙権があるので・・
選挙に行って、支持できる政党・政治家がいないとしても、今ある中からマシだとおもえるものに投票することに意味があると私は思います。それでも、毎回、投票した政党・政治家が当選しないとなると、別の路線も考えないと意思は反映されないかと思います。つまり、選挙で投票するだけが、世の中を良くする方法ではないということなのです。
ただ、「選挙に行く・行かない」という判断は、個々に任されているわけで、行かないという選択をしたからと言って間違いだとは言えないわけです。それは、どの政党・政治家に投票するかどうかの判断を任されているというのと同じなわけです。
判断が任されているのに、一方を選ぶとダメだとかいうのは、実際には任されていない状況と同じなので個人的にはよろしくないと思います。
自主参加ですよとかいいながら、強制参加になってたら、それは自由意志を踏みにじってるようなものです。あくまで判断は当人にゆだねるべきでしょう。
長い目で見れば、当人に判断をゆだねない方法論は、結果として良くないことが多いと思います。
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